「今日は疲れたから、家でいいや」
そんな一言が、実は日本の外食産業の風景をじわじわと変えているんです。
帝国データバンクの調査によれば、2025年の飲食店倒産件数は900件に達し、2年連続で過去最多を更新しました。
なかでも居酒屋を中心とする「酒場・ビヤホール」は年間200件超と、業態別で最も多い倒産数を記録しています。
街を歩いていて、長年営業していた馴染みの店がいつの間にかシャッターを下ろしている…そんな経験をした方も、きっと少なくないのではないでしょうか。
「若者の酒離れ」という言葉が語られて久しいですが、実態はもう少し複雑です。
コロナ禍を経て定着した「宅飲み」という新しい生活習慣と、食材費・人件費・光熱費の高騰という経営環境の激変。
この2つが重なり合うことで、街の居酒屋は静かに、でも確実に減り続けているんです。
この記事では、最新のデータをもとに、居酒屋が今なぜこれほどまでに苦境に立たされているのか、その背景を一緒に見ていきたいと思います。
INDEX
データで見る「居酒屋消滅」の実態

まずは数字を確認しておきましょう。
帝国データバンクの発表によると、2025年に発生した飲食店の倒産は900件で、過去最多を記録した前年(894件)をさらに上回りました。
業態別では、居酒屋を主体とする「酒場・ビヤホール」が204件と最多。外食産業のなかでも、とりわけ厳しい状況に置かれていることがわかります。
注目したいのは、負債規模の変化です。
2025年の飲食店倒産は負債総額こそ前年より減少したものの、負債5000万円未満の小規模倒産が全体の8割近くを占めました。
つまり、大手チェーンではなく、個人経営や家族経営に近い小規模な居酒屋が次々と経営を断念しているということなんです。
実際、「夫婦2人で切り盛りしていた」といった小規模店舗でも、食材・光熱費の高騰に加えて従業員の賃上げ負担が重くのしかかり、資金繰りが限界に達するケースが目立っています。
一方で、大手外食チェーンの多くは、セントラルキッチン方式によるコスト圧縮やインバウンド需要の取り込みで増収増益を確保しつつあります。
つまり「居酒屋業界全体が沈んでいる」というより、体力のない中小・個人店から先に淘汰されるという二極化が、はっきりと進んでいるのが今の姿だと言えそうです。
「宅飲み」はもう一過性のブームじゃない

コロナ禍で緊急事態宣言下の外出自粛が続いた2020〜2021年、多くの人が「家で飲む」習慣を身につけました。
問題は、行動制限が解除されて数年が経った今も、その習慣がしっかり根づいていることです。
各種の生活者調査を見ても、自宅で日常的にお酒を飲む人の割合は依然として高い水準にあります。
ある大学生を対象にした自主調査では、自宅で飲酒する学生が全体の約6割にのぼり、週5回以上という高頻度の回答も一定数見られたそうです。
若い世代にとって「まず家で飲んでから、必要があれば外に出る」というスタイルは、もはや特別なことではなく、当たり前の選択肢のひとつになりつつあるのかもしれません。
背景には、コスパ・タイパ志向の広がりもあります。
缶チューハイやクラフトビールなど、コンビニやスーパーで手軽に買える高品質なお酒の選択肢が増えたこと。
SNSやサブスク型の動画配信サービスなど「家で楽しめる娯楽」が充実したこと。そして単純に「移動時間や身支度の手間をかけずに済む」という合理性も、宅飲み定着を後押ししていると言えるでしょう。
同時に、健康志向の高まりからお酒の量そのものを控える人が増えている点も見逃せません。
厚生労働省の調査では、週3回以上飲酒する「習慣飲酒者」の割合は長期的に低下傾向にあり、特に20代でその傾向が顕著だとされています。
「外で大勢と飲む」という文化そのものが、世代を追うごとに少しずつ縮小しているんですね。
さらに見逃せないのが、職場の飲み会そのものの縮小です。
働き方改革やリモートワークの浸透で、「とりあえず飲みに行く」という慣習は薄れ、忘年会や歓送迎会も簡素化・短時間化する傾向が続いています。
かつて居酒屋の売上を大きく支えていた企業の団体利用や接待需要が縮んだことは、客単価の高い宴会プランを主力にしてきた店ほど痛手が大きいはずです。
こうした変化によって、「コロナが明ければ客足は戻るはず」という前提そのものが崩れてしまいました。
戻ってこない需要を前提に、お店側は経営モデルの立て直しを迫られているんです。
実際、若手社会人を対象にした調査でも、大人数の飲み会よりも家飲みや少人数での食事を選ぶ人が一定数いて、「みんなで居酒屋へ」という選択肢は数ある楽しみ方のひとつに過ぎなくなりつつあるようです。
物価高がとどめを刺す !食材費・人件費・光熱費の三重苦?

宅飲み定着によって客数そのものが伸び悩むなか、追い打ちをかけているのが物価高です。
魚介類や野菜などの食材価格は円安や天候不順の影響で高止まりし、電気・ガス代などの光熱費負担も重くのしかかります。
加えて、人手不足を背景にした最低賃金の引き上げや採用競争の激化で、人件費も年々上昇中です。
帝国データバンクの分析でも、コロナ禍からの回復途上にあった飲食店の多くが、こうした運営コストの急激な増加によって収益確保のめどが立たなくなり、事業継続を断念するケースが多く見られたと指摘されています。
象徴的な例をひとつご紹介しましょう。
安価で良質な料理を売りにしていたある居酒屋チェーンは、コロナ禍で大幅に売上を落としたあと、冷凍食材の通販事業に乗り出すなど再建を模索しました。
しかし、その後の魚価や光熱費の高騰に耐えきれず、資金繰りが行き詰まって倒産に至っています。「安くて美味しい」という居酒屋ならではの強みが、コスト高の時代にはむしろ利益を圧迫する要因になってしまう...なんとも皮肉な構図ですよね。
さらに深刻なのが、「値上げに踏み切れない」という構造的な問題です。
帝国データバンクが実施した価格転嫁に関する調査では、飲食業界のコスト上昇分の価格転嫁率は32.3%にとどまり、全業種平均の39.4%を下回っています。
原材料費が上がった分をそのまま価格に反映できれば経営は成り立つのですが、近隣に競合店がひしめき、お客さんの節約志向も強いなかでは、思い切った値上げがそのまま客離れにつながりかねません。
結果として、コスト増をお店側が飲み込む形になり、じわじわと体力が奪われていくわけです。
都市部を中心とした店舗賃料の上昇も、追い打ちをかけます。
インバウンド需要の回復や再開発の進展によって、駅前・繁華街の物件賃料は上昇傾向にあり、売上が伸び悩むなかでの固定費増は、特に小規模店にとって致命的です。
人件費・食材費・光熱費・賃料と、経営を構成するほぼすべてのコスト項目が同時に上がっているというのは、これまでにない厳しさだと言えるでしょう。
加えて、「人手不足倒産」という別の側面も無視できません。
求人を出しても応募が集まらず、既存スタッフへの負担集中や長時間労働につながり、結果として離職が進んでしまう...という悪循環に陥るお店も少なくないんです。
人を雇い続けるためには賃上げが避けられず、その原資を確保できないお店から順に、営業の継続をあきらめざるを得なくなっています。
それでも生き残るお店に共通すること

こんな厳しい環境のなかでも、しっかり客足を維持している居酒屋には共通点があります。
ひとつは、「宅飲みでは味わえない体験」をはっきり打ち出していること。
目の前で仕込む料理のライブ感、店主やスタッフとの会話、常連同士のコミュニケーションなど、家では再現できない付加価値を強みにしているお店は、価格競争から一歩距離を置くことができています。
ふたつ目は、業態の柔軟化です。
ランチ営業やテイクアウト、冷凍食品の通信販売など、居酒屋という枠にとらわれない収益源を複数持っているお店は、夜だけの客数減少の影響を受けにくいんですね。
みっつ目は、少人数・高単価型への転換です。大人数の宴会需要に頼るのではなく、1人客や少人数客をターゲットにした業態にシフトすることで、宅飲みでは得られない「特別な時間」を提供し、客単価を確保するお店も増えています。
これらの動きに共通しているのは、「昔ながらの居酒屋像」をそのまま維持していては、生き残りが難しくなっているという現実です。
今後、居酒屋業界はどこへ向かうのか
今後の見通しとして、倒産件数がすぐに減少に転じる可能性は低い、というのが業界関係者に共通する見方です。
食材費や光熱費の高騰が短期間で解消される見込みは薄く、人手不足に伴う賃上げ圧力も続くとみられます。
都心部の不動産価格上昇による賃料負担増も加わり、体力のない中小・零細の居酒屋を中心に、倒産・廃業は当面「高止まり」しそうです。
とはいえ、これは居酒屋という業態そのものが消えてしまうという意味ではありません。
むしろ淘汰の過程を経て、生き残るお店の輪郭がより鮮明になっていくと見るべきでしょう。
セントラルキッチン方式でコストを圧縮する大手チェーン、地域に根差した専門性の高い個人店、あるいはテイクアウトや通販など複数の収益源を持つお店など、明確な戦略を持つ事業者は、逆風のなかでもしっかりお客さんを確保しています。
消費者側の視点に立てば、「安くて大人数で」という従来型の居酒屋の使い方は宅飲みに置き換わりやすい一方、「そのお店でしか味わえない体験」への対価を払いたいという気持ちは、依然として根強いものがあります。
これからの居酒屋業界は、価格競争ではなく体験価値での差別化に活路を見いだせるかどうかが、生き残りの分かれ目になっていくのではないでしょうか。
「消える居酒屋」が映し出す社会の変化
居酒屋の倒産急増は、単なる一業界の不振では片づけられません。
コロナ禍を経て定着した生活様式の変化、若い世代のお酒に対する価値観の変化、そして物価高という経済環境の変化が、同時多発的に押し寄せた結果と言えるでしょう。
「家で飲む」ことがもはや特別な選択ではなくなった今、外で飲む場所には、家では得られない価値が求められています。
街の居酒屋がこれからどんな姿に変わっていくのか。その行方は、私たちの暮らし方そのものの変化を映す鏡なのかもしれません。








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